ロサンジェルスのサウス・セントラル地区に取材(『やりすぎコージー都市伝説』/テレビ東京)に入った時、あまりに小さいので驚いた。南北3~2キロ、東西1.8キロしかない。歩いて端から端まですぐに行ける距離だ。しかし誰もそれはできない。ここはアメリカで最も殺人の多い街だから。面積たった5.8平方キロにクリップスやブラッズなどのストリート・ギャング・グループがひしめき合い、40年間にわたって縄張り争いを続けてきた。
 ディヴィッド・エアーはそこで育った。彼は、『エンド・オブ・ウォッチ』の舞台となるサウス・セントラルを内側から描くことがきる稀有な映画作家だ。
 サウス・セントラルは人口の87%がヒスパニック、10%がアフリカ系で、白人はわずか1%にすぎない。アイルランド系のエアーは英語よりもスペイン語を話すようになった。ギャングに入り、高校を中退した。このままでは刑務所に行くか、銃撃戦に巻き込まれて死ぬかだ。
 しかしエアーは海軍に飛び込み、ギャング人生から脱出した。除隊後、潜水艦乗りだった経験を活かして潜水艦映画『D-571』(00)のシナリオに参加して映画界に入り、翌年に脚本を書いた『ワイルド・スピード』と『トレーニング デイ』で、エアーは一躍ハリウッドのヒット・メイカーになった。
『ワイルド・スピード』はロサンジェルスのメキシコ系とアフリカ系の犯罪社会に潜入する白人刑事の物語で、エアー自身の体験を反映していた。同年の『トレーニング デイ』も、黒人刑事デンゼル・ワシントンに振り回される白人警官イーサン・ホークの物語だった。また、エアーの初監督作『バッドタイム』(05)のクリスチャン・ベールも白人だがなぜかサウス・セントラルに住み、友人や恋人は皆、メキシコ系。その理由は説明されないが、エアー自身がそうなのだ(妻はメキシコ系)。
『トレーニング デイ』は、二人がパトカーに乗ってサウス・セントラル周辺をパトロールするシーンが多かった。『バッドタイム』のクリスチャン・ベールはロス市警の採用試験に落第したのに、メキシコ系の親友と二人で警官のフリをして偽覆面パトカーに乗ってサウス・セントラルをうろちょろする。走る車内から見るサウス・セントラルはエアーの原風景なのだろう。『エンド・オブ・ウォッチ』ではとうとうサウス・セントラルのパトロールだけで一本の映画にしてしまった。
 2011年に筆者がサウス・セントラルを取材した時、犯罪件数は減少していた。ギャングのOBたちが、グループ同士の和平に動き、夜回りや職業訓練などで地域の青少年の非行防止に尽力した成果だという。しかし、その一方で、メキシコ国内で政府と戦争するほど巨大化した麻薬カルテルの「支局」がロサンジェルスに進出しているという。ストリート・ギャングは所詮ホーミー(近所の不良)にすぎないが、カルテルの連中はプロだ。『エンド・オブ・ウォッチ』は、彼らの恐ろしさを描いている。
 劇中でカルテルのメンバーからAK-47突撃銃が押収される。それまでのストリート・ギャングが主に使っていた拳銃やサブマシンガンは急所にさえ当たらなければ死なない。しかしAK-47 の高速ライフル弾は手足を引き裂き、防弾チョッキやヘルメットも貫通する。犯罪者側の武装は年々強化されている。
 制服警官、特にパトカーの乗務員を主人公にした映画は多くない。ベスト3を挙げるなら、リチャード・フライシャー監督の『センチュリアン』(72)、デニス・ホッパー監督の『カラーズ/天使の消えた街』(88)、そしてこの『エンド・オブ・ウォッチ』の他にないだろう。3本とも舞台はサウス・セントラルで、どれも警官の殉職で終わるのは偶然ではない。この新宿よりも小さな街は、アメリカ国内の戦場なのだ。